学習障害の子をもつ母の日記

4児の母です。一番上の長男(小5・書字障害)の子育て体験談です。長女・小3、次女・小1、次男・2歳。

連絡帳、書くための工夫

なかなか書いてこない連絡帳・・・

3年生のときは、なかなか連絡帳を書いてきませんでした。

 

仕方なく、全ての教科書を毎日持たせたり。

仕方なく、ときどき母と学校へゆき、一緒に連絡帳に記入したり。

仕方なく、ふせんクイズを作ったり。

 

あれこれやりました。

特に、4年生は、連絡帳に書くための工夫をしていました。

 

 

ピンチ!連絡帳がマス目でないです・・・

そもそも、学校指定の「連絡帳」は、マス目ではないのです。

縦罫線があるのみ。

これが問題!!

 

LDの長男にとって、自由帳、縦罫線ノートは、本当に苦手。

どこに書いたらいいのか、どう書いたらいいのかわからないのです。

 

そこで、母、毎日、こうしました。

 

じゃーん!

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時間割と宿題、もちものを書く欄を手書き!!

 

どーよ!どーよ!!

 

絶対に書いてくることはない、期待しない

こうして、毎日、母が記入してても、絶対に書いてくることはないです。

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そこまでは期待しない。

 

 

たまに、こうして書いてきたら、褒めてやります。

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・・・読めないけどね。

・・・宿題も、持ち物も書いてないけどね。

 

書いてくるだけマシ。

そこまでは期待しない。

とにかく、書いてきたら、褒めてやります。

 

 

日々、この繰り返し。

でも、いまいち効果が感じられない。

 

何が足りないんだろう・・・・

褒め方かな・・・?

 

 

視覚的に、頑張っていることを伝えてみた

そこで、頑張って続けられた日を、カウントしてみることにしました。

 

口頭で伝えたこと、言葉の記憶は、スーッと抜けてしまう長男。言語的認知が弱いのだと思います。

でも、視覚的に伝えたことは、よく伝わります。視覚的認知が強い

 

おそらく、言葉で褒めても、次には忘れている

なので、視覚的に褒めるのはどうかな、と。

 

カウント表。

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本当は、当時、「連絡帳がんばった表」なる画用紙に貼り付けていたのですが、当時1歳の次男がすぐさまむちゃくちゃにしてしまいました・・・。

 

こうして、視覚的に達成感が味わえるようにしてみると、次第に続けてくれました。

やったね!

 

工夫をしてみると、成長するものです。

 

 

これからも、いろいろ考えて、対応してゆこうかと思います・・・!

絵の中にいる、「小さな」自分。

長女が感じる、「存在の耐えられない軽さ」

長女は、定型発達。

しかも、学校教育にぴたったりはまっている子です。

 

字も美しく書け、手先が器用、絵も人並みに描ける、物もなくさない、忘れ物もない。

 

いわば、長男と真逆

ドラえもんとドラミみたいな関係。

 

そうなると、母、あまり構ってやってあげてれてない、放置状態になってしまうのです・・・。

 

絵画作品、学校表彰されたものの・・・

そんな彼女ですが、昨年の小2のとき、学校の図工での作品が、賞をとり、表彰されました。

 

母、もちろん、うれしかったです。

うれしくない母なんていないです。

 

・・・ですが!

 

この絵には、長女の心に抱える問題を感じたのです。

どこかわかりますか・・・?

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答えは・・・

 

 ↓

 

 ↓

 

 ↓

 

 

人物が小さいのです。

しかも、表情が見えない後ろを向いています。

 

それも、自分ばかりでなく、他人も

 

 

おそらく、この絵が評価されたのは、現実とファンタジーの融合がユニークなところ。

  • 望遠鏡からみた月を写実的に描いていること
    (写真に写ってませんが、月にはティコや、コペルニクスの巨大クレーターがちゃんと描かれています)
  • 写実的な一方で、織姫・彦星や月のうさぎなど、想像(ファンタジー)が描かれている

ここがおもしろかったんだと思います。

 

しかも青が下地の中、黄色やオレンジなど、映える色彩を選んで描いている。

星をカッターで切り取るのも手先の器用さが求められて、難しかったと思います。

構図もおもしろい。

 

これら、全部、褒めていい。

っていうか、すばらしい。

 

けれども、本当は、親としては複雑な気持ちにならないといけない絵だと思うんです。

長女が抱える心の問題を映し出しいてるんです。

 

ほおっておかれる存在が、自己肯定感を低くする?

長男は、いろいろ大変なところもあり、しかも、一番目ということもあって、親としては力が入ります。

そうなると、長女には自然に力が入らなくなる・・・。

 

これが、

  • 自己肯定感が低くなっている
  • 他人への興味・関心も薄くなっている

と。

 

大げさに言えば、彼女にとって、自分も人間も、それほど関心がないものになってしまっているんです。

 

きちんと接したら・・・「自分の姿」が大きくなった!

この日以来、長女に、ちゃんとかかわるように心がけました。

2人きりで話をする機会を多くしたり、長女のちょっとした変化でも声掛けしてみたり、不機嫌な様子だったら些細な話でもいろいろ聞くようにしました。

 

 

すると・・・。

 

 

なんと・・・!!

 

 

3か月後の自画像では、自分の姿が大きくなっていました。

手ごたえあり!

 

ただ、目がまだまだ小さく、自分に自信がなさそうです。

このまま、続けてゆこうと思いました。

 

実は、この絵の指摘は、私の母から受けました

実は、この絵への指摘は、私の母から受けました。

 

母は、長年、小学校低学年を担当することが多かったベテラン教師でした。

数多くの子どもを見るにつけ、こうした目利きが身に付いたんだと思います。

 

 

母から言われたことは、これです↓

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子どもの行動や様子ばかりでなく、作品や作文を見るのも、大切

特に、写実的でない絵画(記憶の中の風景を描く絵画)や、感想文は、要チェック。

 

また、どうしても、親は、点数や賞など「結果」のみを見がち

数字や賞は、記憶にしっかり根付きやすいものだから、囚われやすい。

 

本人そのものばかりでなく作品や作文の中身などもしっかり見守ること。

結果に囚われずいろんな視点から見てみること。

 

こうして、いつも見守ってあげてることが大事・・・

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私に気づきを与えてくれた、母には感謝です。

「きょうだい仲良し」の本当の意味

2歳のときの、一時保育での出来事

長男が、入園前3歳のとき、数時間だけ一時保育に預けたことがあります。

長女、このとき1歳。

 

2人を保育園の一時保育に預けるのです。

 

長男も長女も、このときが、はじめての保育園!

母も、はじめての一時保育!

 

はじめてだらけで、母も、「泣いてないかな」「ちゃんと寝ているかな」「御飯はどうしてるかな」とドキドキでした。

 

ですが、長男は、あまり泣かなかった!

しかも、保育士さんが言うには。

 

「最初は、ソワソワしてましたが、しばらくして、ずっと、妹の側から離れなかった

「妹に近づく保育士を、遠ざけるようにして、妹を守っていた

 

らしいのです。

 

 

え??本当に妹を「守って」いるの・・・?

ここで、本当に妹を守っているの・・・?と思いました。

 

それは、大人目線の考え方

大人が見たいものを、自分で解釈して、勝手に思い込んでいるだけ。

そうあってほしい理想を、自分の頭の中で描いているだけ。

 

子どもの心の中、現実は違うのかもしれない。

大人が見ると、守っているように見えても、実際の本人の心は違うかもしれないと思ったんです。

 

多分、こう。

「ママがいなくて不安」(周囲をソワソワ)

  ↓

「ちかくに、妹がいる!」(唯一の家族!)

  ↓

「家族のそばから離れたくない」(しっかり連れ添う)

  ↓

「僕ら2人の側に、他人(保育士)は来ないで!」(退ける)

 

要は、単純に「不安な行動」から来たものではないかと。

 

こうした大人の主観的解釈はいくつもありそう

こうした子どもの行動について、大人目線での勝手な、主観的解釈を、気づかないうちにいろいろやらかしてるかも、と思いました。

 

例えば、

 

・ショッピングモールで、迷子にならない。自分から親を探して、戻ってきてくれる

 →(母)安心して買い物ができる!

 →(子)単に不安なだけ。

 

・妹に離乳食をあげてみた

 →(母)お手伝いをしてくれた!

 →(子)単に真似しただけ。

 

違う解釈でも、褒められれば、子どもはうれしいもの

とはいえ、現実は違っていても、子どもにとってみれば、大人がなんだかよくわからない理由で褒めてくれるのは、うれしいもの。

 

それに、子ども自身も自分の考えていることが、自分で整理できてないし、よくわかってない。

 

 

理想(思い込み)が、現実になってゆくことだってある。ピグマリオン効果

 

 

 

母:「保育園で、妹を守っていてくれたんだね、妹を守れるんだね、ありがとう」

子:「うん!」(あ、僕は、妹を守っていたんだ。ほめられた!今度も、妹を守ってゆこう)

 

 

ワシャワシャと親が誤解釈してしまって、ワシャワシャと褒めて、ウヒョウヒョと子どもが喜んで・・・。

何が何だかわからないけど、褒められて結果オーライ!であれば、いいんじゃないかとも思いました。

 

夢の世界に生きている人たちが相手なので、適当でいいわけです・・・。

 

 

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抱っこすると、お母さんがいっぱい喜んでるから、もっと抱っこしてみる、という感じ?

プログラミング「スクラッチ」・大旋風!

ゲームは、遊ぶではなく「作るもの」

長男は、今、プログラミング「スクラッチ」にどっぷりはまっています。

scratch.mit.edu

 

クラッチのすごいところは、プログラミングを通して「ものづくりの喜び」が得られること。

ゲームはもちろん、音楽、アニメ、電子工作に応用できます。

 

今、作っているのは、泥だんごゲーム。

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6人のプレイヤーが投げ合いっこします。複雑なプログラミングですが、自分で一つひとつ、憧れのスクラッチャーさんの作品を見ながら、模倣・改造したりしています。

一つ間違えると、スプライト(キャラ)が動作しなくなるので、どこがバグっているのか一つひとつ検証したりと、根気のいる作業です。

 

毎日、毎日、パソコンに向かってカチャカチャ・・・。

今は、厚切りジェイソンがMCをしている、Eテレ「Why?プログラミング」の大喜利に投稿する作品を作っています。アイデアを自分で考えて、作っています。

 

・・・どうやら、本当に楽しいみたい。

 

 

プログラミングは、LD児と相性が合う?!

パソコンと相性が合うと言われるLD児ですが、プログラミングとも相性が合うのではないかとも思います。

 

文字を書くわけでもなし!打つだけ!

ものを動かすために、構成すべき要素を並べたり、条件づけしたり・・・。

フローチャートが大好きな長男にとっては、ぴったりの素材だと思います。

 

とにかく、おすすめ!

 

気になる、インターネットの怖さ・心配事・・・

ところが。

発達障害のお子さんを持つ方で、「子どもの得意なものをさがせなくて・・・」と思う方に、ぜひぜひ一度、チャレンジしてみては?と思います!

 

ただ、こういう悩みがあるかもで。 

「よくわからないものを触らせるのはちょっと・・・」

「ネットを子どもにいじらせるのは、怖い・・・」

 

でも大丈夫! 

 

<スクラッチって、大丈夫!>

・無料。有料課金なし

・アカウントを作成するのは(無料)、母のメールアドレスでOK

アダルト系コンテンツはない(海外含む)

・作品の公開の仕方は、YouTubeのようなイメージ

・他人の作品をコピー&上書きすると、「リミックス」として表示される(著作権の心配なし)

 

なんだか、私がスクラッチの回し者みたいですが、回し者ではありません。

 

 

子どもは、YouTubeのように、いろんな人と作品の感想をやりとりしていることがあるので、親としてときどきコメントをチェックするのもいいと思います。

日記をこっそり見る気持ちになりますが、そもそも公開しているコメントなので、全く問題なしだと思います。

実は、コメント相手は、どうやらほとんど、中学生。趣味の合う、少し上のお兄さん・お姉さんとやりとりしていると思われます。

 

 

クラッチは、MITメディアラボが、未来の子どもたちに、学校の教育現場に広めたいという目的で開発したもの。なので、基本的に教育的で、善意で運営されてます。そこも安心だと思います。

 

AIやIotとか言われる中で、この先、確実にプログラマーの労働需要は高いです。

学校教育も大事ですが、時代に合わせたものを見い出し、伸ばすことも大事なことだ、と思うのでした。

 

 

何度もいいますが、私はスクラッチの回し者ではありません。

ずれる筆算・・・

LD児あるある・筆算がずれる!

長男は、筆算がよくずれます。

 

計算は、合っているんだけど・・・書く位置がずれているので、不正解。

計算は、合っているんだけど・・・小数点の位置がずれているので、不正解。

 

 

おしい!!

 

 

多分、定型児だったら、満点なはず、なのです。

 

どうしたらいいのか・・・どうしようもない。

これ、どうしたらいいのかなと思ったのですが、正直、どうしようもない。

 

書くスペースがマスメになっていれば正解するのですが、残念ながら、そこは定型児に合わせてある世界。問題は印刷してあっても、筆算欄はフリースペースになっているもの。

 

まず、できることは。

定規を使いながら、解く

しかないと思います。

 

これをすると、少しは正答率があがるようです。

みなさん、どのようにしているのか、知りたいものです。

 

 

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完全にフリースペースでの問題になると、こうなります・・・!

「でも」から始まる会話はしょげる

「でも」から始まる会話

毎年、何かしら「世話役」を引き受けます。保育園・幼稚園父母会、PTA、子ども会、マンション理事会、習い事の世話役・・・。

何もない年はありません。子どもが多い親の宿命です。

 

こうした役をしていると、いろんな人がいるのだな、といろいろ勉強になります。

 

その中のひとつがこれ。 

「でも」から会話を始めるな

 

ボランティア集団には、必ず「でも」さんがいます。

前向きな提案をしても、必ず「でも・・・」と否定から入る人。その発言の中に、「でも」の解決策は入っていません。

 

よく言えば、慎重な方なのかもしれませんが、議論をしていても、モヤっとするのです。モヤっと。

 

相手の心象も悪くなる、「でも」発言

「でも」発言は、一生懸命考えた相手の意見を否定する発言です。

 

これは、とても、相手に、印象が悪い

相手に、不快感を与えます。

 

そうなると、「でも」さんの発言は、相手が聞き入れてくれない、いや、聞き入れたくなくなる。

 

でもって、ますます「でも」さんは不満がたまり、ますます「でも」発言が増える。

 

相手はますます不快になる。

 

「でも」さん本人は、自分の会話のクセに気づいていない。ますますこのループは止まらない。

 

 

まとめるとこんな感じ。

 

<「でも」さんの、でものデモ>

「でも」さん、「でも」から会話する。

  ↓

相手の人に、不快感。

  ↓

相手の人、感情的に聞き入れない。

  ↓

「でも」さん、ますます感情的に「でも化」する

  ↓

相手の人、ますます不快感

  ↓

相手の人、意見を聞かなくなる

  ↓

でもさん、ますます強情に「でも」化する

   ↓

 ・

 ・

 ・

 

 

これは・・・!!

「でも」の負のスパイラルです!!

 

 

略して「デモフスパイラル」

経済学の用語にありそう(笑)

 

 

子どもとの会話に、自分の「クセ」がないか

他人のことを書きましたが、これは、

「気付かないうちに自分も子どもにしてないか

と考えたんです。

 

子どもを自分の思い通りに動いてほしくて、失敗をしてほしくなくて、子どもがせっかく言った意見に

「でも・・・私はこう思うわ」

と。

 

子:「この眼鏡がいいなと思うんだ」(Zoffで)

母:「でも、それ微妙。こっちがいいと思う」

 

 

子:「このおもちゃがいいな」(おもちゃ売り場で)

母:「でも、それすぐ壊れるで」

 

 

こう発言してしまう自分の深層心理には、

  • 子どもに自分の思い通りに動いてほしい(価値観の押し付け)
  • 失敗するから、最短距離を導いてあげてる(失敗への怖れ)

 

こうした気持ちがあるんじゃないかと思いました。

 

共感から始める会話にしよう

 

もっと違った言い方があるんじゃないかと思いました。

 

「それいいね!それにしよう」(眼鏡の柄にこだわらない)

「それいいね!お、こっちも似たようなのがあるで、見た?」(自分で決めさせる)

 

 

別に失敗していいし、価値観だってこだわるところはしっかりこだわって(生命にかかわること、道徳的なこと、経済的に制約があるところ)、別にどうでもいいところは、本人の意思に任せればええんちゃうか、と。

 

子どもといえども、一人の人格ある人間

共感から始めなければ、ならないんじゃないかと。

 

 

・・・そう、これまでの保護者会やPTA、子ども会等で学んだのでした。

 

 

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こんな2歳児の落書きは、いいね!(共感)できないナ・・・。

渋谷って、色数が多いな・・・目がチカチカしてしまう人の気持ちを想像する

NHKスペシャル「発達障害」から思っていること

あの番組がすごかったのは、当事者の方の認知・感覚を再現したことだったと思います。

 

今年の4月。

2年ぶりに、渋谷・道玄坂を歩いていました。

 

思ったこと。

 

「渋谷って、色数、おおすぎ!」

 

ピンク紫、オレンジ・・・。

さらに、電飾をつけた看板でチカチカ。

車・街行く人さえも、色数が多くて、色だらけ。

 

CDやドラマの宣伝カーなんて、まぶしすぎる!

目立ってて、宣伝効果はバッチリ。

 

街はキラキラ・色とりどりだなあと思ったんです。

 

 

私の田舎は、周囲が山。山。山。

なので、普段、見る色は、、そして黒色灰色程度。

渋谷のそれとは、目に入る色数や光が違います。

 

とにかく、渋谷はものすごい色や光が多い。

 

祖父母がいた、ひと昔前なんて、集落には、カラフルな看板なんてなかっただろうし、電飾なんてなかった。

着ている服もそれほどカラフルなものではなかったと思います。日常は、農作業の砂埃で汚れがちだったんじゃないかと。

 

明治時代の白黒写真なんて、道路は舗装されてないから、風が吹けば、土が舞うし、周囲は茶色とか緑、青でいっぱいだろうなって思うんです。

 

何が言いたいかというと、

視覚過敏な人は、都市に住むのは大変なんだろうな、

ということ。

 

 

妊娠初期は「嗅覚過敏」だった・・・街はニオイもいっぱい!

4人とも、妊娠初期の2か月ほど、嗅覚がとっても敏感でした。

 

・下の階の方の夕飯メニューが何となくわかったり

・風向きで車の排気ガスに反応

・電車の人の、柔軟剤のメーカーが何となくわかる

 

ほんの一時だったのですが、嗅覚過敏というものを体験しました。

 

 

それに、つわりもあって、渋谷が本当に苦手でした。

渋谷は、どこに逃げても、臭う街でした。

  • 道路付近は、排気ガス
  • 電車は、何かの化学臭(体臭よりもこっちが強い)
  • エレベーターは、マットからの化学臭(カビ臭・体臭はしない)
  • 通りは、料理の臭いだらけ

 

特に、料理のにおいについては、一つひとつのお料理がわかりましたし、風向きで数歩歩いたらら臭わないかなと、スタスタ逃げるのですが、逃げたらすぐに別のにおいに出会ってしまって、もうどこも逃げられませんでした。

 

もし、犬だったら、臭いだらけで頭が混乱してしまうかも、と犬に同情してみたり。

とにかく、あの状態が一生続くと、大変つらいなと思ったのです。

 

 

妊娠初期の妊婦の場合、赤ちゃんの一番大切な臓器を作っている期間なので、本能的に感覚過敏になって、本能的に危険な場所から早く逃げるようになってるのかと思います。

 

いっぽう。

感覚過敏の人の場合、太古の人間にとっては、もしかしたら、そういうタイプの人が集団に1人でもいることで、いち早く危険から逃れられたり、食料が手に入りやすかったのかもしれません。

 

 

感覚過敏な人もいれば、感覚鈍感な人もいる・・・?

主人は、高音域の音を、とても嫌がります。例えば、

 

・ジリリリ・・・の昔ながらの目覚まし音

・電子機器の「ピー」

・へたくそなピアノ

 

でも、私は平気

私自身、ピアノは苦手だったし、あんまり、音楽には興味がないし、音に鈍感です。 敏感な人がいるのだから、逆に鈍感がいてもおかしくないと思います。

 

 

とにかく、感覚は人それぞれ違うのだということ。 

 

発達障害って何なんだろう・・・と考えるのでした。