「きょうだい仲良し」の本当の意味
2歳のときの、一時保育での出来事
長男が、入園前3歳のとき、数時間だけ一時保育に預けたことがあります。
長女、このとき1歳。
2人を保育園の一時保育に預けるのです。
長男も長女も、このときが、はじめての保育園!
母も、はじめての一時保育!
はじめてだらけで、母も、「泣いてないかな」「ちゃんと寝ているかな」「御飯はどうしてるかな」とドキドキでした。
ですが、長男は、あまり泣かなかった!
しかも、保育士さんが言うには。
「最初は、ソワソワしてましたが、しばらくして、ずっと、妹の側から離れなかった」
「妹に近づく保育士を、遠ざけるようにして、妹を守っていた」
らしいのです。
え??本当に妹を「守って」いるの・・・?
ここで、本当に妹を守っているの・・・?と思いました。
それは、大人目線の考え方。
大人が見たいものを、自分で解釈して、勝手に思い込んでいるだけ。
そうあってほしい理想を、自分の頭の中で描いているだけ。
子どもの心の中、現実は違うのかもしれない。
大人が見ると、守っているように見えても、実際の本人の心は違うかもしれないと思ったんです。
多分、こう。
「ママがいなくて不安」(周囲をソワソワ)
↓
「ちかくに、妹がいる!」(唯一の家族!)
↓
「家族のそばから離れたくない」(しっかり連れ添う)
↓
「僕ら2人の側に、他人(保育士)は来ないで!」(退ける)
要は、単純に「不安な行動」から来たものではないかと。
こうした大人の主観的解釈はいくつもありそう
こうした子どもの行動について、大人目線での勝手な、主観的解釈を、気づかないうちにいろいろやらかしてるかも、と思いました。
例えば、
・ショッピングモールで、迷子にならない。自分から親を探して、戻ってきてくれる
→(母)安心して買い物ができる!
→(子)単に不安なだけ。
・妹に離乳食をあげてみた
→(母)お手伝いをしてくれた!
→(子)単に真似しただけ。
違う解釈でも、褒められれば、子どもはうれしいもの
とはいえ、現実は違っていても、子どもにとってみれば、大人がなんだかよくわからない理由で褒めてくれるのは、うれしいもの。
それに、子ども自身も自分の考えていることが、自分で整理できてないし、よくわかってない。
理想(思い込み)が、現実になってゆくことだってある。ピグマリオン効果。
母:「保育園で、妹を守っていてくれたんだね、妹を守れるんだね、ありがとう」
子:「うん!」(あ、僕は、妹を守っていたんだ。ほめられた!今度も、妹を守ってゆこう)
ワシャワシャと親が誤解釈してしまって、ワシャワシャと褒めて、ウヒョウヒョと子どもが喜んで・・・。
何が何だかわからないけど、褒められて結果オーライ!であれば、いいんじゃないかとも思いました。
夢の世界に生きている人たちが相手なので、適当でいいわけです・・・。
抱っこすると、お母さんがいっぱい喜んでるから、もっと抱っこしてみる、という感じ?